王立アプリーリス魔法学院

afterword


 アプリーリス魔法学院の大ホールには声が満ちていた。

 優秀な生徒を広く集めるという学院の性質上、生徒の未来のために必要不可欠であると主張した学院長の肝いりで建造されたこのホールは、王国随一の広さを有している。それでも、ホール内のそこかしこからあがるざわめきは長く尾を引いて渦を巻いていた。
 演劇も可能な舞台には、今は演台が置かれているのみ。

 今日、この場で。アプリーリス魔法学院の年間最優秀寮が発表されるのである。


 寮ごとに分かれて整列しているため、会場は彩り豊かなものだ。赤、黄、緑、青、紫、黒と並んでいる。それぞれドラゴン寮、ペガサス寮、スワン寮、グリフォン寮、サーペント寮、オウル寮。先頭には寮長が立ち、思い思いの姿勢でその時を待つ。

 つと、音が引いた。会場の左前方、吹奏楽部の楽団指揮者が手を掲げたのだ。その手が振り下ろされると、金管のファンファーレが響く。ドラムロールに木管のトリル。弦楽器の旋律が躍動し――弾けたと、同時。

「フェフェ~~~~!!」

 まるまるとしたアルパカの獣人が、自ら紙吹雪を散らしながら演台へと向けて歩んでいく。空いた手で生徒たちに向けて手を振っているが、ただでさえ体毛ではちきれそうになっている群青の燕尾服が悲鳴をあげていた。
 学生たちはそんな学院長に白けた目を向けている。

 割愛。


「さて! 学院長のありがたいお話が終わったところで、早速パカけど、発表にうつらせてもらうパカよ!!」
 毛に引っかかった紙吹雪はついぞ取り除かれることのないまま、長話が終わった。満足げなアルパカ学院長がさっと手を掲げると、どこからともなく封筒が現れた。そうして、いそいそと封を切る。
 気怠げだった学生たちの表情が引き締まった。

 ドラゴン寮寮長のレイウェスト・バルダスは静かに目を瞑り堂々たる様。しかし、その拳は固く握りしめられていた。
 対して、隣のペガサス寮寮長のレイジは落ち着きなく、
「妖怪ババアには負けたくねえ妖怪ババアには負けたくねえ妖怪ババアには負けたくねえ……!」
 と何度も何度も零している。声は静まり帰ったホールの中にいやに大きく響いており、スワン寮の寮長ヒルルクは予感を覚えてそっと右方を眺め見た。
 遠く。オウル寮の先頭に立つ東尾 しづが、眉根を寄せてこちらレイジを見ている。般若の視線には魔力が籠められており、三日三晩レイジの腹を下そうとしていた。
「はぁ……」
 嘆息一つを零しながら、ヒルルクは無言でその呪いを祓う。こんな時にまで手を焼かせないでほしい。
 眼前を呪視が通り過ぎているにも関わらず、グリフォン寮寮長のウィリアム・リーンエスとサーペント寮寮長の蓮見 恒成に動じた様子はなかった。
 前方のアルパカ学院長へと視線を向けながら、ウィリアムが呟くように言った。
「そういえば、蓮見くん。君がやきそばパンが大大大大大好きって話を耳にしたけど、本当かい」
「こんな時に何を……」
 呆れたように頭を振った恒成は眼鏡の位置を中指で正すと、
「当たり前じゃないですか」


「通例に則って、三位から発表するパカ!」
 ぺろりと唇をなめたアルパカ学院長は、両手を掲げて魔力を放射。きらびやかな魔力がパーティクルを曳いて像を結んでいく。

 そうして描かれたのは、黄と白からなる、ペガサス寮の意匠。

 喝采と落胆の声が響く。先頭のレイジが「くっそああああ!」と叫んで膝をついた。しづに負けたくないのは事実だったのだろうが、一位になれなかったことの口惜しさが勝ったらしい。
「くっそ、俺らが負けるとかマジかよ……ガンガン喚びまくったじゃねえか」
「誰が尻ぬぐいしてたと思ってるのよ」
「うっ……」
 傍らのヒルルクに小言を刺され、続く言葉を飲む。しばらく唸っていたレイジはくるりと寮生たちへと向き直る。
「すまねえ……天才召喚師レイジ様とか言っといて最優秀、取れなかったわ。不甲斐ねえけど……来年こそ、もっとヤベェやつ喚んで最優秀を勝ち取ろうぜ」
 しおらしいレイジの声と姿に引き出されるように、寮生たちの応じる声が響いた。


「続いて! 二位を発表するパカ~!」
 アルパカ学院長は両手を左右に広げる。暗色の魔力であったことに、オウル寮とサーペント寮の寮生が色めき立つ。特に、しづは前のめりになっている。最優秀ではなかったとしても、ペガサス寮に勝てるのならば彼女にとっては意味がある。
 綺羅びやかな魔力が集い、円形を形作る。脈動するようにじりじりと模様が描かれていき――浮かび上がったのは、金色の蛇。

「二位は、サーペント寮パカ~~~!!!」

「……二位、ですか」
 恒成の胸中を苦い感傷が過ぎっていく。

 ――焼きそばパンに最も合う錬金調味料研究という、夢。
 ――調合の合間に冷えた焼きそばパンで飢えを満たす夢。
 ――寮生のみなと焼きそばパンを片手に議論を深める夢。

 すべて、恒成が密かに抱いていた幻想ユメであった。それらすべてを振り切って、サーペント寮生へと向き直る。

「みなさんもご存知の通り、魔法そのものではなく叡智や技術と向き合う我々はこの学院の裏方、ともいうべき立ち位置です。その我々が、この戦いで二位を取れた意義は非常に大きいものだと考えます」
 今年のサーペント寮は、強かった。
 懐疑的な恒成自身が、一位すら取れ得る仲間たちだと思えるほどに。
「あなた方は偉大な先達となった。我々サーペント寮の叡智が脈々と引き継がれ続けるように、この功績は今後さらに高まっていくことを確信しています」
 最後に、恒成はこう結んだ。
「お疲れ様でした。私もとても楽しいひとときを過ごさせていただけましたよ。ありがとうございました」


「さあ! いよいよ! 一位の発表……パカね!! ミュージック!」
 学生たちの様子をニコニコと眺めていたアルパカ学院長が楽団指揮者に合図を送ると、ファンファーレが鳴り響き、続いて勇壮な旋律が奏でられる。
「イリュージョン!」
 そして、アルパカ学院長が写し出す幻影は音楽に合わせて各寮の意匠を映し出しながら目まぐるしく変化していく。
「本年のアプリーリス魔法学院、最優秀寮は……!!」

 ドラムロールに合わせて、幻影が変化する速度がゆるゆると遅くなっていき、赤、緑、黒……と綺羅びやかに変わっていく。各寮から悲鳴のような歓声があがる中、最後に映し出されたのは、

「この寮パカ!!」

 赤き、意匠。


「ドラゴン寮パカーーーー!」

「……っ」
 固唾を飲んで見守っていたレイウェストは結果を見届けて、再び目をつぶった。最優秀寮という栄冠を勝ち得たこと。そうして湧き上がった激情をやり過ごす術が他になかったのだ。
 だが、
「ッしゃァ!!!」「やった!!!」「肉ーーーー!!!」「レイレイ―!!」
 歓声、絶叫、気勢、咆哮。止まることのないその熱が真後ろから届いてくるせいで、どうにもならない。せめて、寮長の威厳を示さねば、と思い振り返ったところで、
「寮長! 行きますよ!」
「へっ?」
 声とともに、特に体格のいい寮生たちがレイウェストの両脇や腰を掴み上げると、

「おらァ!!」
 グリフォン寮生もかくやというほどに、凄まじい膂力で胴上げされた。高揚感と浮遊感がないまぜになったのはほんの僅かの間。すぐに落下の不安感が湧き上がってくるが、
「放て!」
 寮生全員が一致して撃ち放った協力魔法によって生み出された風圧によって、レイウェストの身体が更に宙高く舞い上がる。痛みはなく、打ち上がる方角にもブレがない。宴会魔法にも関わらず無駄に精度が高い。
「お! うまくいったな!」「バンザーーイ!」「それじゃあもういっちょ!」
 ――密かに練習していたのか。
 幾度も幾度も胴上げされるうちにそのことに思い至る、と。
 胸の裡で、熱が弾けた。自らの気持ちに封をしようとしていた見栄が瞬く間に溶け、突き上げてくる情動にレイウェストはたまらず奥歯を噛みしめる。それでも堪えきることができずに、喝采と熱に身を任せて大きく手足を伸ばす。
 そして。

「やったーーーーーーーっ!」
 喜色満面、素のままの声色で、歓声を上げた。



 ――こうして、王立アプリーリス魔法学院の最優秀寮は決まった。

 この催しは、春休暇を控えて執り行われたもの。
 故にこれは、学生たちにとっては別れと、そして新たな出会いの入り口でもあった。
 学生たちは目が回るほどのイベントを迎えながら、これからも新たな日常が流れていくのだろう。物語は終わり、そしてまた続いていく。

 アプリーリス学院の馬鹿騒ぎも、また。 


ranking

※各寮生には、所属に応じた称号が配布されます
栄冠戴く最優の緋竜
1位 ドラゴン寮
怜悧なる紫蛇
2位 サーペント寮
閃光の黄馬
3位 ペガサス寮
叡智知る黒梟
4位 オウル寮
勇敢なる青獅子
5位 グリフォン寮
慈悲の白鳥
6位 スワン寮